非正規労働者の均等均衡待遇
木下徹郎弁護士が執筆した法律コラムが月刊労働組合10月号に掲載されました。以下、同原稿をウェブ用に編集したものです。
【質問】
私は不動産会社で契約社員として営業事務を担当しています。営業部門には他に営業担当の正社員がいます。総務部門には正社員と契約社員がいます。会社の営業所は東京本社のみで、正社員・契約社員とも転勤はありません。しかし、正社員には住宅手当と通勤手当として毎月一律1万円が支給されていますが、契約社員には支給されていません。不公平ではありませんか?
【回答】
現行労働契約法20条は、有期労働契約労働者の労働条件が、同一の使用者の無期労働契約労働者と相違する場合、その相違は、労働者の業務の内容及び同業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならないと定め、有期・無期労働者間の不合理な労働条件の相違を禁止しています。この条文は20年8月1日から削除され、同日施行となるパート有期法(正式名称「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)8条に、短時間・有期雇用労働者(「パート有期労働者」)について、同趣旨の条文が設けられています。非正規労働者と正規労働者のいわゆる「同一労働同一賃金」(均等均衡待遇と呼ぶのがより正確でしょう)をめざすものです。以下ではパート有期法8条に即して説明しますが、現行労働契約法20条もおおむね同様に考えられるでしょう。
パート有期法8条は事業主に対し、パート有期労働者の基本給、賞与その他の待遇それぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲、その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けることを禁止します。
▼待遇ごとに比較
パート有期法8条にいう「待遇」には、賃金、教育訓練、福利厚生施設、休憩、休日、休暇、安全衛生、災害補償等が含まれます。上記のとおり、「待遇それぞれについて」不合理と認められる相違を設けることが禁止されていますので、個々の待遇を比較して、その不合理性が判断されるべきことになります。
今回の相談で問題になっている住宅手当や通勤手当も、「待遇」に含まれ、それぞれについて、不合理かどうかを判断することになります。
▼比較する「通常の労働者」
比較されるのは、パート有期労働者と「通常の労働者」の待遇です。「通常」とは、無期・フルタイムのいわゆる正規労働者をいいます。もっとも、種々の待遇には種々の性質・目的があり得ますので、どの「通常の労働者」と比較するのかという問題があります。労契法20条にまつわる裁判では、労働者が比較すべき「通常の労働者」を選択できるとするものとそうでないものがありますが、パート有期法では、労働者が選択することができることが厚労大臣の答弁により明らかにされています。
相談の件では、会社は都内にのみ事業所がある小さな会社で、正社員に一律1万円の住宅手当・通勤手当が支給されているようですので、比較するのは正社員一般でよさそうです。
▼不合理性の判断
待遇の相違の不合理性の判断では、①職務の内容、②職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情のうち、問題となっている待遇の性質及び目的に照らして適切と認められるものが考慮されます。労契法20条に基づく請求がなされた裁判ですが、参考として見てみましょう。
ハマキョウレックス事件(最二小判平30・6・1)は、同じ支店で働くトラック運転手の業務の内容は、契約社員と正社員で変わらない一方、正社員は契約社員と異なり、就業規則上出向を含む広域移動の可能性があり、また等級・役職制度があり職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来会社の中核を担う人材として登用される可能性があるとしました。
そのうえで、通勤手当は、通勤に要する交通費を補填する趣旨で支給されるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異ならず、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではなく、通勤手当に差違を設けることが不合理であるとの評価を妨げるその他の事情もうかがわれないとして、通勤手当の支給の差違は不合理な相違であるとしました。
他方で、住宅手当については、住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるところ、正社員は転居を伴う配転が予定されているため、契約社員より住宅に要する費用が多額になり得るとして、住宅手当の支給の有無の相違を不合理とは認められないとしました。ご相談の件で問題となっている住宅手当・通勤手当の支給の目的は、おそらく従業員の住宅・通勤に要する費用の補助・補填にあるものと思われます。それは、職務の内容や、職務の内容・配置の変更の範囲により異なることは考えにくいです。また正社員には転居を伴う配転もありません。そうすると、契約社員と正社員との間で支給の有無を相違させることは不合理である、となりそうです。
通勤手当の差違を不合理と認めた裁判例としては、九水運輸商事件(福岡地小倉支判平30・2・1)が、住宅手当では日本郵便事件(東京高判平30・12・13)、メトロコマース事件(東京高判平31・2・20)があります。
ちなみに、上記ハマキョウレックス事件と同日に、定年後再雇用の労働者と無期労働者との間の待遇差が問題となった長澤運輸事件(最二小判平30・6・1)についても最高裁判決が出されていますが、同事件は当事務所の宮里邦雄・只野靖・花垣存彦が担当しました。