長澤運輸事件(定年後再雇用者の正社員との賃金格差問題)
最高裁弁論について
平成30年4月20日
弁護士 宮 里 邦 雄
弁護士 只 野 靖
弁護士 花 垣 存 彦
本日,長澤運輸事件の最高裁で弁論期日が開かれましたので,ご報告します。 判決期日は,平成30年6月1日16時です。
労働契約法20条が制定されてからはじめて,最高裁判所の同条の解釈を示す判決となります。正社員との不合理な労働条件の格差を強いられてきた有期契約労働者,定年後再雇用者にとって画期的な判決となることが期待されます。
1 訴訟の概要
(1)上告人(原告,被控訴人):定年後再雇用の有期契約労働者(トラック運転手)3名(いずれも平成26年に定年を迎えた男性。東京都又は神奈川県在住。全日本建設運輸連帯労働組合関東支部の組合員)
(2)被上告人(被告,控訴人):長澤運輸株式会社(本社:横浜市。貨物自動車運送事業等を行っており,84台の輸送車両を有し,255名の従業員(うち乗務員が77名)を擁する(平成29年12月末現在。グループ会社の従業員及びパート・アルバイトを含む。会社HPによる。))
(3)事案の概要
被上告人(被告,控訴人)は,満60歳に到達した後の3月31日又は9月30日を定年退職日としており,定年後再雇用制度を有している。すなわち,正社員であった従業員は,定年退職後は,改めて労働契約書を締結して,嘱託社員(有期契約社員)として再雇用されることになっている。
上告人(原告,被控訴人)3名は,トラック運転手として,20年ないし34年にわたって,正社員(無期契約労働者)として勤務し,定年を迎えた。上告人らは,定年退職後,嘱託社員(有期契約労働者)となったが,嘱託社員とはいえ,正社員のころと全く業務の内容(セメントの輸送)は変わっていない。他方,正社員と比較して,賃金面で大きく労働条件が引き下げられてしまった。実際,定年前1年間と定年後1年間で比較すると,約3割の引下げになっている。 組合が団体交渉を通じて是正を求めてきたが,会社がこれに応じなかったため,提訴に及んだ。
本件訴訟は,定年退職前の正社員(無期雇用労働者)と定年退職後の嘱託社員(有期雇用労働者)の不合理な賃金格差は労働契約法20条(「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」)に違反して違法であるとして正社員との是正を求めたものである。
2 訴訟の経緯
平成26年10月及び12月 提訴
平成28年2月 結審
平成28年5月13日 東京地裁判決(全部認容)
平成28年5月16日 被告控訴
平成28年11月2日 東京高裁判決(棄却)
平成28年11月9日 上告及び上告受理申立
平成30年3月7日 上告受理決定
平成30年4月20日 弁論(最高裁)
平成30年6月1日 最高裁判決
3 最高裁で取り上げられた上告受理申立理由
① 原判決が,定年後賃金引下げが広く行われていることを,有期契約労働者と無 期契約労働者の労働条件の相違が不合理でないことの理由としていること
② 原判決が,本件で定年後再雇用であることを,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理でないことの理由としていること
③ 原判決が,定年後の賃金の2割の減額が不合理ではないとしていること
④ 原判決が,労働条件の相違の不合理性の検討において,賃金項目ごとの比較を行っていないこと
⑤ 原判決が,本件における労使協議の経過を,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理でないことの理由としていること
4 「本裁判の意義」について論じた宮里弁護士の弁論を以下に紹介します。
(1)本件は、労働契約法20条の解釈適用に関して最高裁が口頭弁論を開く初めての事件であり、最高裁がどのような判断を示すかに大きな注目が集まっています。
有期、パート、派遣のいわゆる非正規労働者は、今や雇用労働者の約40%に達しています。パート、派遣もそのほとんどが有期労働契約であり、また本件の如く定年後再雇用にあってはすべて有期労働契約であります。
本件が関心を集めるのは、このように、有期契約労働者が大きな割合を占める雇用社会の現状下で、有期契約労働者と無期契約労働者の賃金・労働条件の格差はどこまで許されるかが問われているからにほかなりません。
(2)有期労働契約には無期労働契約と較べて二つの大きな構造的ともいうべき問題があります。ひとつは、雇止めという雇用上の問題、もうひとつは、賃金・労働条件の格差という問題であります。2012年の労働契約法改正によって設けられた労契法20条は、雇用形態の違いによる不公正な処遇が広く行われている実情をもはや放置できないとして、それを是正するために設けられた立法であります。 原判決は、本件有期労働契約が定年後再雇用のそれであることを重視して、本件における賃金格差の不合理性を否定したものでありますが、その論旨の核心は、「定年後再雇用においては職務内容が同一であっても定年前と比較して賃金減額が一般的に広く行われ、社会的にも容認されている」ということにあります。
賃金格差が広く行われているという社会的事実は確かに存在します。しかし、だからといって「社会的に容認されている」というのは、誤りです。
雇用社会は労使によって構成されているものです。使用者は人権費コストを削減するために、格差を良しとして容認しているかもしれませんが、決して労働者が容認しているわけではないのであります。社会的容認論は、一方に偏した見解です。
(3)「存在するものは合理的である」とは彼のドイツの哲学者フリードリッヒ・ヘーゲルの有名な言葉でありますが、原判決は、「賃金格差は存在する。存在するが故に『合理的である』」というのでしょうか。
「社会的容認」を論拠として、本件賃金格差の不合理性を否定した原判決は、労契法20条の立法趣旨に真っ向から反するものであり、20条規範の実効性を著しく弱め、事実上無意味ならしめるものであります。
社会的に広く存在する事実があっても、そしてたとえそれが社会的に容認されているとしても、それが法に照らして許されるかどうかを判断するのが司法の使命ではないでしょうか。原判決の判断は司法判断の停止、いや司法判断の放棄と言わざるを得ません。
(4)いまわが国においては労働力不足が問題となっており、60歳定年を迎えた後も、65歳まで、いや70歳まで働くことが当たり前の時代となりつつあります。
同一労働であっても、定年後の大幅な賃金切り下げを容認する原判決の考え方は定年後再雇用労働者の働く意欲、労働へのモチベーションを甚だしく弱めることにもなります。
労働契約法20条は2013年4月1日から施行され、5年が経過していますが、不合理な労働条件格差は今なお広く温存されています。
多くの有期契約労働者、定年後有期契約労働者が最高裁判決を注視しています。
かつて、最高裁は、昭和49年の東芝柳町工場事件判決、そして昭和61年の日立メディコ事件判決によって、雇止め濫用法理という有期契約労働者の雇用保護を前進させる重要な判決を出されました。本判決において、最高裁が有期契約労働者が抱える不合理な労働条件の是正にとって意義ある判決を下されることを切望するものであります。