6月27日、角川書店の元会長である角川歴彦氏が、日本の刑事司法制度の宿痾、人質司法制度の改革を求める公共訴訟を提起しました。
東京オリンピックのスポンサー企業の選定をめぐる汚職事件で、角川氏は贈賄の罪に問われ、逮捕・起訴され、226日の長期にわたって、保釈されることなく、拘置所に勾留されました。
この訴訟は、逃亡のおそれもない被疑者・被告人を自白させるため、事件について争う意思を奪う目的で、長期間拘束する「人質司法」こそが、冤罪を産み出し続ける日本の刑事司法の最大の欠陥であると考え、これを終わらせることを目的に提起されました。
訴状では、保釈を認めない検察官と裁判所は、憲法と国際人権法上保障されるべき「人身の自由」などを侵害し、刑事裁判で無罪を争うことに萎縮効果がもたらされ、冤罪を生み出す温床になっていると訴えました。
当事務所の、海渡と小川も、この事件の角川さんの代理人となっています。
角川さんはこの日の記者会見で「壮絶な長い戦いになると言われています。裁判所には人質司法の問題を真正面から受け止めてもらいたい。画期的な裁判の結果が出ることを期待しています」と述べました。
角川さんは五輪組織委員会元理事への贈賄容疑で2022年9月14日に東京地検特捜部によって逮捕され、その後、起訴されました。一貫して否認を続ける中で、弁護人を通じて保釈を再三にわたって求めましたが、検察は保釈に反対し、裁判所も「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」として却下し続けました。罪を認めた共犯者たちは、起訴の直後に保釈されていたのとは対照的な扱いを受けました。
高齢で不整脈などの持病もある角川さんは、拘置所で新型コロナに感染するなど体調を崩しましたが、拘置所では適切な治療を受けることはできず、命の危険がありました。そして、拘置所の医師からは「あなたは生きている間はここから出られませんよ。死なないと出られないんです」と言われたといいます。驚くべき発言です。
私たちは、裁判所は罪証隠滅の「明らかな差し迫った危険」や健康上の重大な危険がなければ、勾留=身体拘束を認めるべきではないとし、この裁判を通じて日本の刑事司法を根底からゆがめている「人質司法」を終わらせようと主張しています。
この事件の弁護団の団長は、元裁判官であり、袴田さんの再審開始決定を発出した村山浩昭弁護士です。無罪請負人の弘中惇一郎弁護士、報道機関の弁護では定評のある喜多村洋一郎弁護士、プレサンスコーポレーション事件で無罪判決さらには検察官に対する付審判開始決定を勝ち取った新進気鋭の西愛礼弁護士らが参加しており、最強の弁護団だと自負しています。
提訴の記者会見では、村山弁護団長は、「角川さんは人身の自由を中核とした自由が奪われ、死の淵に立たされるところまで追い込まれました。自身の尊厳が侵されている。そのような刑事司法で良いのかと考えて訴えた」「今回の訴訟の目的は、国際的な批判を浴びる人質司法をつぶさに論証し、その制度改革、運用改善を求めることにあるという。慰謝料として2億円を請求しているが、認容された場合は拘置所医療改善のために寄付する」と説明しました。
原告本人の角川さんは、「大都市のなかに別世界があった」「自分は拷問を受けたのだと感じた」「東京の大都市の中で東京拘置所というまったく隔離された別世界があることを、身をもって体験しました」「警察の留置場や東京拘置所に入られた人はすべて同じ経験をしているはず」「私も226日の中で涙を流すこともあった」「(この裁判を通じて)人ごとではなく、リスクは大きいということを共有していただきたい」と切々と訴えかけました。
同じく人質司法の被害で大きく報じられた「大川原化工機事件」では、逮捕された相嶋静夫さんが勾留中に病死しています。角川さんは、相嶋さんのことに触れ、「胸が張り裂けそうです。相嶋さんは私と同じ場所にいて同じ経験をして亡くなった。死地を脱した私にはみなさんにお話しする義務があると思います。日本を変えたいと思っています」と決意を述べました。
冤罪事件の当事者で、大阪地検特捜部に業務上横領事件で逮捕・起訴され、無罪が確定した「プレサンスコーポレーション」(大阪市)の山岸忍元社長も裁判に賛同し、「角川さん裁判頑張ってください」とエールを送りました。
小川隆太郎弁護士は「どんな人だって事件に巻き込まれることがあるわけです。そうなった時に、やっていないことはやってないと言えるし、黙秘権も行使できる。そういう社会になります。今は経験したことでない人であっても、いろんな人がリスクを抱えています。リスクがなくなる社会のためにこの裁判は意義があると思います」と述べました。
私(海渡)からは、「海外では重大事件で逮捕された人は翌日には釈放され、自分の意見をその場で言うことができます。それが普通のことです。日本では、起訴事実を認めた人は数日で保釈されるけど、認めないとずっと出られません。そんな社会は少なくとも文明化された民主主義国ではありえない。自分もそんな目に会うかもしれないと考えるきっかけになってほしい」と訴えました。
裁判の提訴とともに、この日、国連人権理事会恣意的拘禁ワーキンググループに申立をし、国際人権機関からも勧告を求めようと考えています。この申立書類は小川弁護士と私が共同して作成しました。