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2019年10月29日

職場でパワハラに苦しめられています。どうすればよいでしょうか?(弁護士河邉)

河邉優子弁護士が執筆した法律コラム「職場でパワハラに苦しめられています。どうすればよいでしょうか?」が東京ユニオンの機関誌GU8月号に掲載されました。以下、ウェブ用に編集したものです。

職場でパワハラに苦しめられています。どうすればよいでしょうか?

 

労働施策総合推進法が成立

 2019年の5月29日、職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止などを規定した労働施策総合推進法が成立しました。これにより、各企業にパワハラの防止措置などが義務付けられることになります(施行は2020年春予定)。

 もっとも、この法律ができたからといって、パワハラがなくなるわけではありません。労働者としては、引き続き、パワハラ対策について理解して備えておくことが必要です。

 

 パワハラとは?

 パワハラは、職場において行われる、職務上の地位や人間関係などの優越的な関係を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為(ハラスメント)をいいます。

 

 典型的な例としては、

  • 身体的な攻撃(暴行・傷害)、
  • 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)、
  • 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、
  • 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
  • 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、
  • 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)などがあります。

 

  • のような明らかな犯罪行為が行われている場合にはパワハラと認められやすいですが、判断が容易ではない場合も多くあります。

 

パワハラに関する指針案のひどい中身

  この点に関して、10月21日の労政審で、厚労省事務局より指針案が提案されました。これが驚くべきひどい中身で、私たちの所属する日本労働弁護団は、直ちに、「パワハラ助長の指針案の抜本的修正を求める緊急声明」を公表しました。声明は、「指針案は、深刻な社会問題となっているパワハラ、セクハラを防止し、被害者を救済するための実効的な施策でなければならず、その内容は極めて重要である。ところが、本日の労政審で厚生労働省事務局より示された指針案は、実効的なパワハラ防止策となっていないばかりか、むしろパワハラの範囲を矮小化し、労働者の救済を阻害するものである」「使用者にパワハラに当たらないという言い訳を許し、かえってパワハラを助長しかねないものであり、『使用者の弁解カタログ』となるような指針などない方がましである。」と指針案を痛烈に批判しています。

 声明は、第一に、指針案の定める「優越的」の定義が狭すぎるとします。「優越的」とは、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」とされていますが、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」とは、大きな力関係の差を必要とする定義であり、単なる同僚同士の場合にはもちろん、場合によっては上司と部下の関係であってもパワハラから除外される危険性がある、という批判です。国会の附帯決議(衆議院 9 項、参議院 11 項)でも、同僚や部下からのハラスメント行為も対象であることを周知すべきとされており、実際に単なる同僚間や部下から上司へのハラスメント行為は起きており、裁判例ではそれらについても使用者責任や環境整備義務違反が認められているのにこれにも反していると批判しています。

また声明は第二に、労働者の問題行動の有無を重視すべきではないと掲げます。指針案では、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動であるかの判断にあたって、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係が重要な要素となる」と指摘しています。しかし、労働者の行動に問題があったからといって、暴行や人格を否定する言葉を伴うなど「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」指導が許容されるわけではありません。裁判例でも、同僚を誹謗中傷した労働者に対する叱責や、他部署から勤務態度の問題点を指摘されたり、ミスや期限徒過、不提出等の問題行動がある労働者に対する叱責、度重なるミスや出社前の飲酒という問題行動に対する叱責であっても、パワハラと認められており、あたかも労働者の行動の問題性が高ければ、指導・叱責がパワハラに該当しなくなるかのような誤解を与える指針の表現は、誤りであり、削除すべきであると強く批判しています。

さらに、声明は第三に「該当しない例」が極めて不適当であることを批判します。指針案では、6つの行為類型ごとにパワハラに該当しない例が記載されていますが、いずれも「使用者の弁解カタログ」とも言うべき不適当な例示です。例えば、精神的な攻撃に該当しない一例として、「遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して強く注意をすること」が挙げられていますが、「社会的ルールやマナー」の範囲や「強く注意」の程度が不明確であるため、幅広く解釈される危険性があります。また、多くの裁判例でも指摘されているとおり、本人の仕事ぶりに問題があり、その指導目的でなされた叱責であっても、社会通念上の相当性を欠く場合にはハラスメントになるのであるから、労働者に帰責性がある場合にはハラスメントにならないかのような誤解を与える例示を行うべきではないとしています。また、過小な要求に該当しない一例として、「経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること」が挙げられていますが、これまで違法な降格・配転事件、追い出し部屋事件等の多くの事件で、使用者は「経営上の理由」から「一時的」な解雇回避措置でありやむを得ない措置だとの弁解の主張を行ってきているのであるから、この例示は、それら使用者の弁解を正当化することになりかねない、と批判しています。

この指針案はパワハラとされる言動の内容を不当に限定するばかりか、それを助長しかねない内容であるとすら言えるものであって、大変問題ですが、実際にある言動がパワハラにあたるといえるかについては、法律家の分析・相談が必要不可欠です。

 

パワハラかなと思ったら証拠を残しましょう

 パワハラかな、と思ったら、まずは証拠を残しておくことが必要です。暴言があれば録音、メールやSNS等で不当な発言をされた場合にはその画面の保存、怪我をさせられた場合には怪我の写真と医師の診断書などが代表的な証拠の例です。パワハラによって精神的に不調をきたしている場合に医療機関を受診しておくことも証拠になります。

 そういった証拠を残しにくい場合には、ご自身でノートをつくってメモをとることも有用です。メモをとる場合には、パワハラを受けた都度、「いつ、どこで、誰から、どんなことをされたか」を記録するようにしましょう。友人などに、受けた言動の内容をメールで報告することによって記録化することも考えられます。

 

職場の中で解決することは困難なことが多い

 その上で、パワハラの内容に応じて、次のような措置をとることが可能です。まず、社内で、「パワハラをしてくる本人より上の立場の上司、社長、会社にパワハラ相談室のようなものがあればその担当者などに相談をする。」という方法があると説明されています。本当に良い上司がいたり、相談室の担当が毅然とした人物なら、パワハラをやめさせてもらったり、パワハラをしてくる人を別の部署に異動してもらうなどが可能な場合がないわけではありません。しかし、社内で解決することが困難な場合がほとんどです。

なお、新しい労働施策総合推進法では、労働者がパワハラに関する相談を行ったことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないことが定められています。残念ながら、これまでは、会社の窓口に訴えたことにより、よりひどい状況になることも稀ではありませんでしたから、このような法規定は当たり前のことではありますが、労働者を守るためにとても大切なことです。

 

組合や行政、そして弁護士に相談しよう !

会社のなかに、会社にはっきりとものの言える労働組合がある場合、組合を窓口にして交渉することは、有力な選択肢となります。実際に労働組合の必死の活動によって、問題上司を更迭させることに成功した例もあります。

会社内部ではうまく解決できない場合には、法的措置を視野に入れる必要があります。法的措置として代表的なのは、損害賠償請求です。パワハラをしてくる本人に対して損害賠償請求できるのは当然ですが、会社に対しても、パワハラに対して有効な対策を講じなかったことを理由として損害賠償を請求することができます。いずれにしても、証拠が残っていることが、とりわけ大切になってきます。

他にも、労働局のあっせんなどの手続もあります。また、新しい労働施策総合推進法では調停の利用も可能になりました。暴行や傷害など刑事事件となりうる事件は、刑事告訴することで、会社の対応を変えさせることができる場合があります。

パワハラ事件は、労働事件の中で、とりわけ解決困難な事件です。多くのケースが、労働者が退職に追い込まれたり、泣き寝入りしているのが実態でしょう。パワハラが続くと、精神的にも肉体的にも深刻な状況に陥ることもあります。取り返しのつかない結果になる前に、早めに労働組合や専門の弁護士に相談するようにしましょう。

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