事件例・Q&A

2019年5月3日

事件報告 同性愛関係にある受刑者同士の養子縁組の有効性が認められた東京高裁判決 (担当 海渡雄一、小竹広子、川上資人)

 

 

1 逆転勝訴判決

平成31年4月10日、東京高裁第23民事部(垣内正裁判長)は、養子縁組した受刑者同士の信書発受を認めなかった甲府刑務所長の処分が違法であるとして、元受刑者らが求めた国家賠償請求を認める判決を言い渡しました。本件は一審で完全に敗訴しており、本人にとっても弁護団にとっても嬉しい逆転勝訴判決となりました。

 

2 養子縁組の手続きの依頼を受ける

X1とX2は、府中刑務所の特別改善指導を共に受講し、それぞれの生い立ちを包み隠さず話し合うプログラムの中で、急速に親しくなりました。その後X1は犯則調査のためX2と離され、更に甲府刑務所に移監されてしまいました。そこでX1は、監獄人権センターの設立者である海渡雄一弁護士に手紙を出し、「突然甲府刑務所に戻され、X2と連絡を取ることもできなくなった。X1から、社会に出てからも、X2と一緒に暮らし、お互いに助け合っていきたいので、養子縁組届けを出したい」と依頼したのです。

依頼の手紙を受け取った海渡弁護士は、2人の犯罪歴や知り合った経過、なぜ養子縁組をしたいのかをX1とX2に手紙で問い合わせました。X2は「縁組みしたい理由を一言で言いますと、愛しているからです」と手紙に書いてきました。2人が出所後に家族として一緒に生活し更生したいという真剣な思いを共有していることが確かめられたので、海渡弁護士は、養子縁組の届出を仲介しました。

 

3 手紙の発信が認められず、提訴

養子縁組を行ったふたりは「親族」にあたるので、処遇法上、相手が受刑者であっても手紙のやりとりが認められるはずでした。ところが、その後X1がX2に信書を発信することを甲府刑務所に申し出たところ、発信が許されませんでした。理由は、この養子縁組が親族としての信書発受を目的としたもので無効であり、X1・X2は互いに親族では無い受刑者で「犯罪性のある者」(刑事被収容者処遇法128条)にあたるので、信書発受が認められないというものでした。海渡弁護士は、刑務所長に要望書を送りましたが、刑務所の対応は変わりませんでした。そこで、X1X2を原告として、信書の発信差止処分の取消と損害賠償を求めて訴訟を提訴しました。代理人は海渡弁護士と川上資人弁護士の二人でした。

 

4 別件微罪で勾留中のX2が急死

X2は、X1よりも先に出所していたところ、X1と連絡が取れず支えがない状況に置かれたX2は、自治体の福祉窓口を訪ねた際に担当者と言い争いとなり、窓口のプラスチックを壊したという器物損壊罪で逮捕・勾留されてしまいました。この事件の弁護は海渡双葉弁護士が担当しました。X1は、X2のために詳しい嘆願書を作成しました。ところが、X2は、拘置所で勾留中、向精神薬の副作用で、悪性症候群になり急死してしまったのです。知らせを受け、海渡双葉弁護士と川上資人弁護士が拘置所に駆けつけ、遺体と対面しました。X2のご両親は、当初は養子縁組の事実に戸惑っていましたが、X2がいままでやったことのない炊事などを「同居生活の準備のため」と言ってするところなどを見て、真剣な思いを理解するようになりました。X2の両親は、お骨の一部を分骨してX1に渡すようにと代理人に託してくれ、その後実際に出所後にX1に渡すことができました。X2の訴えは、その両親とX1が受継し、訴訟が継続されました。

 

5 一審東京地裁で全面敗訴判決

一審では、X1の尋問は出張尋問で実現することができましたが、平成29年7月11日東京地裁(林俊之裁判長)は、原告の請求全てを棄却・却下する判決を言い渡しました。X1が過去に他の受刑者とも養子縁組を行っていたこと等を理由として、国側の主張をそのまま認め、X1とX2の養子縁組は「真に養親子関係の設定を欲する効果意思がないのに、専ら刑務所収容中の外部交通を確保する目的でされたもの」として無効と判断したのです。訴訟審理中に、X1もX2と同性愛関係にあったことを認めたので、弁護団は、養子縁組は、同性愛関係を基盤にして、出所後も互いに助け合い再犯をしないように励まし合って生きていくという真摯な合意に基づくものであることを主張しました。しかし、一審判決は、2人が同性愛関係にあったこと自体を否定し、養子縁組を無効とし、X1の相続の権利まで否定するという、当人らの思いを全面的に封殺する内容でした。

 

6 丁寧に進められた高裁における訴訟審理

この判決に対して、X1とX2の両親が控訴しました。控訴審から、海渡、川上だけでなく、小竹広子弁護士が弁護団に加わりました。控訴審裁判所は、関係する受刑者1名の出張尋問を実施し、X1が過去に他の受刑者と養子縁組を行ったことに関係する刑務所の内部資料の提出を国側に促しました。提出された資料からは、X1の過去の養子縁組も同性愛関係が基盤にあり、縁組後に気持ちが離れてしまい離縁に至ったことが読み取れ、当方の主張に用いることができました。裁判長は弁論時に、X2の養子縁組意思は認められるが、X1の養子縁組意思があったかどうかが問題だ、との問題意識を示しました。そこで我々弁護団は、X1が親族や元の上司に手紙を出してX2と養子縁組をして一緒に暮らすつもりであると知らせていた事実を証する証拠等を提出し、X1の真摯な気持ちを立証しました。また裁判所の主導で、争点と要件事実を再整理する作業が行われました。そして、最後には、同性愛者間の養子縁組の有効性についての、学説の動向をあきらかにするように、当事者双方に釈明がされました。このように、非常に丁寧な審理が行われ、合計で8回の口頭弁論期日を重ねました。

 

7 高裁での逆転勝訴判決の内容

そして、平成31年4月10日に言い渡された高裁判決は、信書の発信差し止めは違法であるとして、合計6万円の損害賠償(慰謝料)の支払を国に命じました。以下、判決の重要部分を抜粋します。

(1)   養子縁組の意思について

養子縁組の実質的要件として,当事者聞に縁組意思の合致があることが求められ,この縁組意思は,社会通念上親子と認められる関係を形成しようとする意思と解されるが,実親子関係にあっても,特に子が成年に達した後の親子関係の態様には様々なものがあり,必ずしも一様ではないし,上記のとおり,適格要件において,養子が成年であっても,養子と養親との聞に年齢差がなくてもよいとされていることをも踏まえれば,成年同士の養子縁組の場合にあっては,養子縁組に求められる縁組意思における社会通念上親子と認められる関係というのは,一義的には決められず,相当程度幅の広いものというべきである。そうすると,縁組意思があるかどうかは,様々な動機や目的のものがあり得る中で,上記の養子縁組の扶養や相続等に係る法的効果や,同居して生活するとか,精神的に支え合うとか,他方の特定の施設入所や治療実施に当たっての承諾をするとかなどといった社会的な効果のうち,中核的な部分を享受しようとしているときには,これを認めるべきと考える。

 

(2)   同性愛関係にある者が,助け合って共に生活しようという意思について

確かに,同性愛関係にある者には,法律上,婚姻が認められていないことから,婚姻に準じた法律関係,社会的な関係を形成するために養子縁組を行うことがあるといわれており,本件においても,そのような側面は否定できない。しかしながら,成年である養親と養子が,同性愛関係を継続したいという動機・目的を持ちつつ,養子縁組の扶養や相続等に係る法的効果や,同居して生活するとか.精神的に支え合うとかなどといった社会的な効果の中核的な部分を享受しようとして養子縁組をする場合については、取りも直さず,養子縁組の法的効果や社会的な効果を享受しようとしているといえるのであるから,縁組意思が認められるといえる。年齢差のない成年同士の養子縁組にあっては,典型的な親子関係から想定されるものとは異なる様々な動機や目的も想定され得るものであり,その中で,同性愛関係を継続したいという動機・目的が併存しているからといって,縁組意思を否定するのは相当ではないと考える。例えば,養子の氏の変更のみを得ようとする養子縁組は,養子縁組の法的・社会的な効果の中核的な部分を享受しようとするものではないし,重婚的内縁関係の継続を動機・目的とする養子縁組は,重婚的内縁関係の継続それ自体が不適法なものであって,養子縁組として是認できない効果を求めるものといえ,いずれも縁組意思を認めることはできないというべきであるが,これらと異なり,同性愛関係の継続は,それ自体が不適法なものではなく,養子縁組の法的・社会的な効果の中核的な部分を享受しようとしている以上,縁組意思を肯定することができるといえる。

 

(3)   本件について

上記のとおりであるから,X1とX2が,同性愛関係にあり,両名が,助け合って共に生活しようという意思を持って,養子縁組を行った本件においては,両名に縁組意思を認めることができ.養子縁組は有効というべきである。

 

(4)   本件養子縁組がもっぱら信書発受の禁止を潜脱するためにされたかについて

X1とX2とは,同性愛関係にあり,互いに助け合って共に生活しようという意思を持って養子縁組を行ったものであって,養子縁組をすることにより受刑者同士であっても信書発受が自由になることを意識はしていたとしても,もっぱら信書発受の禁止を潜脱する目的で養子縁組を行ったとは認められない。以上のとおり,X1とX2は刑事収容法128条所定の親族に該当するから,同条にいう犯罪性のある者等に該当するとしても,信書発受を禁止することはできないこととなり,それにもかかわらず,X1からX2に対する本件信書の発信を禁止した本件処分は違法ということになる。

 

8 受刑者処遇に関する判決としての意義

この判決には2つの意義があります。ひとつ目は、この判決の第1の意義は、監獄法の時代に逆戻りしたかのように外部交通を厳しく制約する受刑者処遇実務に対し、釘を刺したということです。今回のX1とX2は、再犯防止プログラムの中で知り合い、自己の問題性を語り合い、相互理解と親交を深めていったのですから、刑務所は、自ら実施しているプログラムの効果に自信があるなら、養子縁組などしなくとも2人の間の通信を認めるべきでした。X1が先に出所したX2に実際に発信しようとした信書(X2の死亡後、X1の出所時に交付され、証拠提出できた)には、就業や居住先についての助言や再犯しないように守るべき注意事項などが細かく書かれていたのです。このふたりの交流は、再犯防止の観点から、むしろ奨励されるべき交流ではなかったでしょうか。

 

9 同性愛カップルの養子縁組を正面から認めた意義

もうひとつの意義は、同性愛者間の養子縁組を正面から有効と認めたことです。同性婚が認められてない現在、同姓を名乗るため、相続するため等の目的で同性愛カップルが養子縁組を行うことは希ではありませんが、その有効性を正面から認めた裁判例はこれまでありませんでした。法律婚秩序を守る観点等から、性的結びつきを目的とした養子縁組は無効と判断される可能性が指摘されてきたのです。この高裁判決は、成人間の養子縁組は相当幅のあるものだとして、同性愛者同士が、互いに助け合う目的で養子縁組を行い、親族関係を築くことを正面から明確に認めました。全国の養子縁組制度を利用している同姓愛カップルにとっても、歓迎すべき、意義のある判決だったと言えるでしょう。

 

10 最後に

X1は、手紙のやりとりが認められないまま無くなってしまったX2の死に衝撃を受け、何日も食事がとれない日が続いたと言います。それを見たひとりの刑務官は「おまえたちの関係は本物だったんだな。刑務所が間違っていたんだな」という趣旨のことを言ってくれたそうです。判決を受け、我々と共に記者会見に臨んだX1氏は、「X2に生きてこのときを迎えさせたかった」と涙ぐんでいました。

X1が出そうとした手紙がX2に届いていれば、X2の不運な事件も避けられ、生きて2人が一緒に暮らすことができたかもしれません。受刑者のわずかに持てる人間関係を容赦なく断ち切るのではなく、繋ぎ、維持し発展させる、人間的な外部交通の実現を願ってやみません。

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